管理人Yのアパレル業界時代のお話【第1話】~新人時代

このサイトの管理人である私Yは、新卒で国内大手アパレル企業に入社し、15年ほど勤務した後に退職し、現在は社会保険労務士事務所を個人で営んでおります。

ここでは、そんな管理人のアパレル企業時代の経験をもとに、アパレル企業の実態のようなものを語ってみようかと思います。

いちおうアパレル経歴の概要としては、

新卒(第二新卒)入社→ショップ販売員1年→副店長2カ月→店長9カ月→数店舗を担当するマネージャー5年→地方のエリアマネージャー3年→営業本部のスタッフ3年→退職

といったかんじです。

なお、役職名や細かい数字などは、そのまま書くといろいろモロばれになるので、多少脚色しております(笑)。

思い出すのも恐ろしいぐだぐだの就職活動のようなもの

管理人は大学に4年間通ったものの、ニート根性を発揮して就職活動をすることもなく、自主的に1年間の留年をし、さすがに形ばかりの就職活動をしたものの当然のように内定もとれず、何者でもない状態で卒業してしまったタイプです。

とはいえ、東京でひとり暮らしをしておりましたので、働かないわけにもいかず、多分途方にくれていたことと思います。(昔すぎてそのころの記憶が無いw)

根がニートの管理人としては、そもそもできれば働きたくなかったのですが、どうせ働くなら「好きなこと」に関わる仕事が良いということで、まずは趣味の第一位が読書だったということもあり、在学中の就職活動は「出版社」に絞って数社ばかり履歴書を送ってみました。

やる気のない管理人としてはなんのリサーチもせずに、「講談社」、「小学館」、「集英社」など名だたる出版社のみに書類を送るという身の程知らずであったため、もちろん全て書類選考で落選の結果でありました。

現実路線の第二新卒

そしてそのまま、いつのまにか卒業してしまい、けつに火かついた状態となった管理人は、さすがに現実路線に舵を切ります。

いわゆる第二新卒ともなれば、そもそも新卒採用が終わった直後に募集している企業自体あまりなく、(当時は就職氷河期真っ只中でした。)おのずと、その選択肢も限られます。

そこで管理人が選んだのが2番目に好き(と当時は思い込んでいた w)アパレルの世界でした。

今にして思えばファッションや音楽などは若者であれば誰でもある程度「好き」なわけであり、仕事をそれで選ぶというのはかなり安易な考えであったと気付くのは大分後になってからの話です(笑)。

相変わらずリサーチする気もない管理人は、学生時代に良く通っていたブランド3社を受け、なんとか受かった1社に滑り込み、卒業して2カ月後の6月にやっとこさ社会人となりました。

新卒研修は昔ながらの体育会系スタイル

入社するとまずは、2泊3日でホテルに缶詰の研修の開始です。

研修の内容は、「声だし」、「挨拶」、「言葉遣い」、「集団行動」などを理屈抜きに徹底的に体にたたき込むスタイルの、ゴリゴリの体育会系研修です。

やはり新卒研修なので、具体的なスキルを身につけるというよりは、学生→社会人への意識改革的なもの主眼といったかんじです。

睡眠時間も2~3時間で、逃亡者もでるような怒号・叱責が飛び交う3日間は、それまで文化部的な人生を送っていた自分には中々衝撃的で、一気に学生気分が抜けたのを思い出します。

今にして思えば、サービス業や営業系の会社であればこのくらいの研修はどこもやっていたとは思います。

とはいえ、少子化で売り手市場になるにつれ、段々とこのようなやり方も通用しなくなり、実際この会社でも近年では相当マイルドな研修になっていったのも時代の流れでしょう・・・。

アパレル業界は女社会という当然の事実

最初に配属されたお店は、当時なかなかイケイケだったあるブランドの新宿店。

第二新卒で一緒に入社した短大卒の女の子を含め、自分以外は全て女性だけの8名のお店で、扱う商品はレディースと子供服でした。

アパレル業界は周知の通りの女社会なので、男性でアパレルを目指す方はまずそこの部分の適性が試されます。

入社してすぐには、年齢が下の女性の先輩や上司からボロクソにいわれることは覚悟しなくてはなりませんし、店長、マネージャー、本社職と昇進異動を繰り返していっても、「いかに女性達にかわいがられるか、うまくつきあうか」というのは男性のアパレル社員に取っては永遠の課題と言ってもいいでしょう。

逆にそこさえクリアできれば、たいした能力がなくても(笑)男性というだけで

・力仕事
・クレーム対応
・女社会のギスギスを和ます役

などの特性が重宝がってもらえ、ある程度は出世できてしまうという事実もあります。

管理人の場合、そこらへんは元々適性があったようで、特に苦もなく女社会の中に溶け込んでいけました。

むしろ苦労したのは、レディース、子供服という今まで触ったこともない商品をうまくコーディネートして売ることでした。

百貨店内のブランドでもあり、こちらから声をかけて販売するスタイルのお店だったため、個人の成績である「個人売上」を上げるためには接客力、コーディネート力は必須でした。

それでも女性ファッション誌などを読みまくって勉強しているうちに、半年もすると毎日行われるコーディネートの勉強会などでもお褒めの言葉を頂けるようになっていきました。

あいかわらず「個人売上」はほとんどドベでしたが、そこは男性ということで多めに見てもらえてた気も・・・(笑)。

そんなこんなで1年が経ったころ、突然そのお店は撤退が決まります。

店の業績が悪かったというわけではなく、その百貨店のフロアまるごと、ある外資系ブランドのお店になるというのがその理由でした。

第2話へ続く

管理人Yのアパレル業界時代のお話【第2話】~店長時代その1
最初の異動とともに副店長に 最初の配属店の閉店に伴い、異動になった先は練馬区にあるショッピングセンターの中にあった、当時としてはかなり...