管理人Yのアパレル業界時代のお話【第4話】~マネージャー・スーパーバイザー時代その1


さて、ここからは約1年半の店長時代を経て、複数の店舗を監督するマネージャー的な時代のお話です。

小売り流通業では一般的にスーパーバイザーと呼ばれるような仕事でもあります。

このマネージャー時代は、管理人のアパレル業界歴の中でも、最も長い10年強にわたる期間を占めます。

もちろん、同じマネージャー業といっても、最初は3店舗からスタートし、徐々にマネージャーとしての役職も上がり、最終的には80店舗程度のマネジメントをするようになりました。

順調な出だし

前述の通り、管理人のマネージャー業はまずは、最後に店長をしていた新規オープンのお店を含む3店舗からスタートしました。

マネージャーといっても本社に行くのは週1回程度で、ほとんどお店に常駐しており、担当の店舗を巡回しながら指導するかんじです。

その仕事自体は、店長時代の自分の経験を基にお店へ指導やアドバイスをするものであり、特に新しいスキルが求められるものではなかったため、あまり大変には感じませんでした。

むしろ、複数のお店をいろいろ視点で見ることができるため、店長時代には気付かなかったようなお店の長所や欠点も見えるようになり、特に最初の頃は自分の売場作りや店運営へのアドバイスが面白いように売り上げのアップにつながっていきました。

このころは、むしろ店長よりもマネージャーの方が簡単かも?なんて考えていた時期でもありました。

ただし、店長時代にはついていた残業代がつかなくなったのは痛かったのですが・・・。

最初の3年間

自分の担当している店舗の売り上げが好調だってこともあり、その後3店舗から5店舗、7店舗と担当店舗は増えていきます。

ちなみに、ひとりで7店舗を担当するということは、週に1日本社に行くとして、残りの5~6日で1日1~2店舗を巡回してなんとか各店舗に週1回行けるということになるので、いわば現場密着型のプレイングマネージャーとしてはほぼ限界値に近いのかなというのが実感です。

そんな実態から、マネージャーになってから3年ほどは担当店舗が変わりながらも、6~7店舗をみていました。

マネージャーの仕事の基本

会社にもよりますが、一般的にマネージャーやスーパーバイザーと呼ばれる仕事の役割は、本社の方針や戦略を現場である店舗にあった形で具体的に落とし込み、ブランドのイメージを守りながらも売り上げを最大化させることにあります。

また、基本的に本社の方針や指示などは、ブランドごとに一律の形で来ることが多いため、本社の営業やVMDなどと連携を取りながら、実際のお店の形や広さ、客層などに合わせて品揃えや売場作りを、店長やスタッフとコミュニケーションを取りながら行っていくことになります。

いわば本社と現場のつなぎ役のような存在であり、また、典型的な本社と現場の板挟み的的な立場でもあり、本社の理想と現場の現実をうまく調整することも大切な役割です。

特にアパレルブランドの場合、「ブランドイメージ」というものが重要な要素となるため、本社としてはブランドイメージを壊すような売場や接客をとても嫌います。

ところが、実際のお店で、その日の売り上げを少しでも上げようと思えば、ブランドイメージから逸脱するような商品見せ方や価格訴求、少々強引な接客・集客などが実際に効果的だったりもします。

どの程度ブランドイメージを守りながら、どこまでなら逸脱して売上げを取りにいくのかという難題を、うまくさばく能力もけっこう大事な能力のひとつです。

エネルギーの大半は「人事・研修・クレーム対応」に割かれる

売場を巡回して指導やアドバイス、時には接客をするという基本的なマネージャーの仕事の他にも、たくさんの仕事が存在します。

むしろ、その基本的な仕事以外の諸々こそ時間とエネルギーを取られるのが実態と言ってもいいでしょう。

その中でも「人事・研修・クレーム対応」の3つは特に大きな割合を占めます。

最も気が重いのが「人事」

3つの仕事なかで、最も気が重くなるのが「人事」の仕事です。

人事と言ってもいろいろありますが、一番時間を使うのは「辞めたいと言っている人を説得する。」ことです(笑)。

アパレル業界というのは華やかなイメージの反面、給与水準は低めで労働時間も長くなりがちなため、どうしても離職率は高くなります。

また、女社会であるためさまざまドロドロも離職を促す要素となりえます。

そうでなくても、若い女性が多く結婚・出産などで突然の退職・休職も多いため、ほとんど毎月のように誰かがやめ、それをフォローするための採用や異動人事に追われる日々です。

最初の頃は、「人が辞める、人が足りない。」という状況があってはいけないことのように思い、ひとり辞める度に重たい気分になっていました。

しかし、何年もやっていく中で「それがアパレルの現場の常。」と悟るに至り、良くも悪くも(良くない)その辺は不感症のようになってしまいました・・・。

ちなみに異動を嫌がる人も多いため、「辞めたい人を説得する。」ことの次に、「異動を説得する。」ことに時間を取られます。

まあ、最終的には「辞めたい人を説得する。」はほとんどうまくいかないことが分かったので、やらなくなりましたが(笑)。

ひたすら体力勝負の「研修」

アパレルの研修は基本的に体力勝負です(笑)。

特に新卒の研修や、大きなお店がオープンする際の研修では、数日間ぶっ通しで、まっさらの状態の大人数を相手にガチンコ勝負となります。

教える内容自体は、接客業に必要な笑顔や挨拶の姿勢などの基本的なものが中心で、難しくもなんともないのですが、いわば「身体に叩き込む系」の技能なだけに、ひたすら繰り返しの「訓練」となり、頭より気力や体力が大切なわけです。

思いきり文化系の管理人としては

「この研修の仕事さえなければこの仕事も楽なのに。」

と常に思っていた記憶があります(笑)。

とにかく時間のかかる「クレーム対応」

クレーム対応もかなりエネルギーを使う仕事のひとつです。

本社にもクレーム対応の部署はありますが、管理人がいた会社の場合、実際の対応をするのは、ほとんどマネージャーでした。

お店ではなく、本社にいくクレームは基本的に重めのものが多く、何度もお客様宅へ足を運び謝罪する必要があるものが多く、ひとつ大きなクレームをかかえると他の仕事はほとんどできなくなるほどでした。

また、当時イケイケのブランドでがんがん出店攻勢をかけていたため、店長達の経験も浅く、「店長の接客や対応に対するクレーム。」というのもかなりありました。

もちろん、単なる入れ忘れや不良品交換などでも、お店の人員がギリギリであることからほとんど自分の仕事になっていました。

クレーム対応自体は、店長時代に自分がクレームを頻発させていた経験が吉と出て(笑)、得意な方でしたが、時間がかかるわりに基本的に後ろ向きな仕事なので、なかなかの重荷ではありました。

突然、担当店舗が激増

そんなこんなで、日々お店を巡回し、「人事・研修・クレーム対応」をやっつけながら、3年ほどが過ぎ、マネージャーの仕事にも慣れ始めきたとき、突然社長の鶴の一声で担当店舗が7店舗から30店舗に激増するという事態が起こりました。

第5話へ続く

管理人Yのアパレル業界時代のお話【第5話】~マネージャー・スーパーバイザー時代その2
マネージャーとなって約3年が経ったある日、突然社長の鶴の一声で、それまで7店舗だった担当店舗が、30店舗へ激増するという事態が起こり...