管理人Yのアパレル業界時代のお話【第5話】~マネージャー・スーパーバイザー時代その2

マネージャーとなって約3年が経ったある日、突然社長の鶴の一声で、それまで7店舗だった担当店舗が、30店舗へ激増するという事態が起こります。

理由は組織改変により、管理職を減らすという社長の方針でした。

普通マネジメントというものは・・・

基本的にひとりの人間が直接マネジメントできる人数というのは、4名~8名が限界といわれており、それ以上にマネジメントの対象が増えた場合には、サブリーダーなどを間に挟むというのが通常の組織編成というものです。

しかし、このときの組織改変は30店舗をひとりで直接担当するという体制であり、完璧にセオリー無視のやり方でした。

当時はイケイケだったブランドの売上に陰りが見えて来ていた時期でもあり、もちろん、そんなことは社長や上司も百も承知で、あくまでもカンフル剤的な劇薬としての組織改変であったということはあったと思います。(※この組織改変によってかなりの人数のマネージャーが降格になったので。)

とはいいながらも、この体制はその後2年間続いてしまったので、ここからはその時期のお話です。

30店舗は無理ゲーと考えた結果

やる前からわかってはいましたが、やはりひとりが30店舗をしっかりとマネジメントをすることは、はっきりいって不可能です。

なので、やるべきことはひとつで「しっかりマネジメントをする店舗と放置する店舗を仕分けする。」ことです。

しっかりマネジメントすべき店舗としては、

  • 売り上げの大きな店舗
  • ブランド戦略上重要な店舗
  • オープンしたばかりの店舗や新任店長の店舗

などが挙げられます。

そのような店舗を5店舗ほど決め、常時巡回するのはそのお店だけにしようと考えました。

やはり思ったようにはいかないもの

しかし、いざその体制が始まってみるとそれすら全く机上の空論であることが分かります。

出店攻勢は相変わらず続き、月に1店舗は新しいお店がオープンしていたので、それらに伴う研修などを含め、この時期はアパレル業界にいた頃の中でも一番忙しい時期でした。

また、新しいお店がオープンする際の品揃えや、売場作りの計画なども全てひとりで行っていました。

よって、新規オープンの準備を進めながら既存のお店に対しては、ほぼ人事とクレーム対応のみ関わりとならざるを得ず、担当店舗とは名ばかりでオープン店舗以外全てほぼ放置というのが実態でした。

ちなみに、放置しているだけに既存店舗のクレームも頻発しましたので(笑)、週に2回はお客様宅へ足を運んでいた記憶もあります。

そんな状態でも、なんとか破綻せずにその体制が2年間続くこととなったのは、人間放置された方が自分の頭で考えるという側面もあり、その期間に店長が育っていたのかなという気もしないでもないです。

初めての地方勤務

管理人は、その会社に東京採用として入社以来、ここまでは一貫して首都圏のお店にのみ関わってきたので、本格的な異動というのは経験してきませんでした。

しかし、やはりそのときは来ます。

マネージャーとなって5年が過ぎ、ちょっと無理めな組織体制ながらもその状況にも慣れ始めた頃(だいたいそんな頃を会社は狙ってきます 笑。)、携帯への上司からの一本で電話でそれは告げられました。

ちなみにその時、管理人は南の島で超短いバカンス中。

告げられた異動先は某雪国のエリア。

マリンスポーツが大好きな管理人は割と頭が真っ白になったのでした(笑)。

第6話に続く

管理人Yのアパレル業界時代のお話【第6話】~マネージャー・スーパーバイザー時代その3
さて、電話一本で告げられた異動の話。 基本的にある程度の役職以上になると内示もへったくれもなく、転勤異動が告げられる社風(いやなら...