管理人Yのアパレル業界時代のお話【第6話】~マネージャー・スーパーバイザー時代その3


さて、電話一本で告げられた異動の話。

基本的にある程度の役職以上になると内示もへったくれもなく、転勤異動が告げられる社風(いやなら辞めろ的な・・・。)であったたため、その話を聞いてから引っ越しをするまでに与えられる期間は約1週間。

その間に物件を探し、新しい担当地区での店長やアシスタントマネージャーへとの顔合わせミーティングをも済ませ、あれよあれよいう間に管理人初の地方勤務はスタートしたのでした。

仕事の内容も大きく変化

この時、管理人の年齢は30を少し過ぎたころ。

東京から地方へという変化の他に、この時の異動には以下のような変化もありました。

①ひとつのブランドの複数店舗のマネージャー
→3つの県にまたがる会社の全ブランドを担当する責任者

②直接30店舗を担当
→担当する店舗は80店舗ほどに増えたが、アシスタントマネージャーが数名つく

③基本的にお店の営業に直接かかわる仕事のみ
→地区の責任者として、百貨店やショッピングセンターなどとの営業に関するさまざまな交渉・折衝も行う

これらの変化により、同じマネージャー業といってもそれまでとはかなり仕事上の動き方も変わって行きました。

アラサーにして改めて世間を知る

まず、社内のことで言えば、自分が店長も経験していたひとつのブランドだけではなく、会社の全てのブランドと関わるようになることで、初めて会社全体の大きさのようなものが分かってきました。

地方駐在のマネージャーは毎週1回、営業本部の会議のようなものがあり、その度に東京の本社に行きます。

そのついでに必要に応じて各ブランドの事業部へ行き必要なコミュニケーションをとることになるのですが、ブランドごとに仕事の進め方やカルチャーが全く違い、同じ会社のことなのに何も知らなかったのだなと思い知ることになりました。

また、立場上、社外の人との関わりも圧倒的に増え、百貨店やショッピングセンターの部長クラスや、ときには役員クラスの人たちと日常的に接することとなりました。

それまで、ほぼ社内の上司・同僚・部下との関わりのみで仕事をしてきた管理人にとってこれもかなり新鮮な出来事でした。

他の会社の人々と関わる中で、自分の会社のいいところ・悪いところや特殊性などを初めて実感することになり、さまざまな意味で刺激を受けました。

ちなみに、接待だけはどうしても好きになれませんでしたが・・・。(※アパレルの現場の場合、アパレル→百貨店のおえらいさんへの接待がメインとなります。また、アパレル生産の現場では工場・メーカー→アパレルの仕入れ・買い付け担当などへの接待がメインです。)

いずれにせよ、30を過ぎて地方転勤となり、改めて世間の広さを知ることとなった管理人でした。

今にして思えば20代の頃は、会社を辞めるという選択肢が特に浮かぶこともなく、日々の仕事のことしか考えておらず、限りなく「社蓄」マインドだった気もしますが、逆に20代の頃に仕事に没頭しきったことでさまざまな仕事の自信を得たことも事実。

ここらへんは、ほんとに何が正解か分からない難しいところではありますし、まあ人それぞれということでもあるように思います。

地方勤務の良さ

ここでちょっと視点を変えて、「地方勤務」のことについて書いてみます。

管理人は東京でそのアパレル企業に就職し、7年ほど東京近辺で仕事をした後、3年半ほど地方で過ごし、再度東京に戻ってきて3年半本社の仕事をした後に退職しました。

結果として感じたことは、やはり東京と地方ではいろいろな意味で違いがあるということでした。

わりとみんな幸せそう

まず、最初の驚いたのが、社員の勤続年数の長さです。

アパレル業界というのは人の出入りが激しい業界なので、(特に現場のお店は)東京で仕事をしていたときには、正社員でも平均勤続年数は約3年というところでした。

ところが、地方にいってみると勤続10年以上の社員もざらにおり、また東京では少数派だった産休・育休などを経て復帰する人も非常に多くいました。

その理由としては、根本的にはそもそも求人の数自体が少ないので簡単には辞められないという事情があるとは思います。

ただ、それ以外にも、東京のように出店・退店が多くないため、必然的に異動が少なくなり職場に愛着を持ちやすかったり、東京の本社から距離があることからさまざまなプレッシャーなども多少和らいで現場につながることだったり、地方ならではの仕事環境も大きく影響しているように感じました。

総じて、東京で働いている社員と比べて、地方で働いている社員の方がかなり幸せそうに働いており、自分には同じ会社とは思えないくらいでした。

みんなやさしい(笑)

ここでの「みんな」とは、自社の人間、社外の人間両方含めての話です。

違い①の平均勤続年数の長さも相まって、社内・社外を問わず人間関係がある程度長期間に渡ることが前提となっている空気があり、仕事上の関わりとはいえみんな「ファミリー」というような趣がありました。

これが行き過ぎると田舎特有の濃密すぎる人間関係のようなものになっていくのでしょうが、数年間過ごした自分にとっては、なかなか心地よく、東京ですさんだ心が癒される想いでした(笑)。

もちろんこれは、地方によってさまざまでしょうから、草食系の管理人が例えば大阪に赴任していたらそのような安らぎは得られなかったと思うので(偏見?)、その地方と自分の相性によるところも大きいでしょう。

地方勤務は貴重な経験

管理人の考えとしては、地方勤務は貴重な経験なので、機会があればぜひやるべきというのが結論です。

東京と地方という2つの視点を持つことで視野広がるということは、仕事でも私生活でもその後の人生の選択肢の幅をきっと広げてくれると思います。

また、管理人の場合、東京から離れることで始めて客観的に自分の実力が分かったり、先のことを考える時間を持てたりとこの時の経験がなければ、今の自分はなかったと思える期間でもありました。

なお、逆に地方で仕事を始めた方には、一度は東京で働く時期があった方がいいのではということにもなり、実際、地方採用で本社や東京で勤務していた人々も同じ意見を持っていたものです。

仕事も私生活?も充実の極み

この初の地方勤務はその後、約3年間続きますが、振り返ってみるとかなり濃密な日々でした。

仕事自体は実質的な役職が上がったこともあり、地区のトップとして日々新しい挑戦があり、初めて店長になったとき以来の「全力投球」を強いられ、まさしくいっぱいいっぱいの日々。

それに加え、当時好景気だった会社からは「スタッフとの飲み会はコミュニケーションであるから、とにかく毎日飲むべし。」という暗黙の指示もあり、毎日のように経費で朝方までの飲み会(笑)。

また、そんな日々を過ごしながらも、社外の優秀な人たちとも関わることが増え、自分の能力に不安を持った管理人が、今に繋がる資格やスキルの勉強を始めたのもこの頃のことでした。

2番目の地方への転勤

さて、そんな充実の日々も3年が経ち、次の地方への転勤の辞令が出ます。

通常1~2年で異動することが多かったこの役職としては、わりと長めの在任期間でした。

そのこともあり、また、初めて地方の人々の癒しに触れたこともあり(笑)、愛着がマックスに高まっており、退任の挨拶の際は店長自体以来の涙涙のご挨拶となり、後ろ髪をひかれながらも次の赴任地へと旅立ったのでした。

最終話につづく

管理人Yのアパレル業界時代のお話【最終話】~本社時代
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